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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)3736号 判決

原告 山崎広毅

右訴訟代理人弁護士 龍前弘夫

被告 清水隆

被告 綱島憲二

右両名訴訟代理人弁護士 小林勇

主文

一  被告両名は、各自原告に対して金二一五万二、〇〇〇円及び内金一九五万二、〇〇〇円に対する昭和四七年五月六日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告両名の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一申立

(原告)

一  被告両名は、各自原告に対して金三二二万五、〇〇〇円及び内金二七二万五、〇〇〇円に対する昭和四七年五月六日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告両名の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

(被告両名)

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

との判決。

《以下事実省略》

理由

一  衝突の程度はともかく本件交通事故が発生したこと、並びに事故当時被告清水が被告車の運行供用者の地位にあったことは当事者間に争いがないので、同被告は原告の人的損害を賠償すべき責任がある。

次に被告綱島の責任について検討するに、同被告は、被告車の所有者であることは自認するところである。そして《証拠省略》によれば、本件事故時被告清水が被告車を運転していたのは、次のごとき経緯からであることが認められる。

すなわち本件事故前被告綱島は、被告車を買受けて使用していたもので、他方被告清水は板金と自動車整備一般を扱っている蒲田オート販売株式会社に勤務し、自動車の整備作業に従事していた。そして双方はオートバイのレースを通じて友人関係にあった。

しかるところ、被告綱島は、被告車の後部エンジンからガソリンの臭いがするので、点検して貰うべく、本件事故前日の昭和四七年五月四日頃これを運転して蒲田オート販売株式会社の修理工場に赴いたところ、駐車場で洗車中の被告清水を見かけた。そこで被告綱島は、受付を通じ正式の手続を経て蒲田オート販売株式会社に被告車の点検修理を依頼する措置をとることなく、友人たる被告清水に点検修理をして貰いたい旨伝えて被告車を引渡した。

被告清水は、できれば自身で被告車の修理をして手数料を得ようとの考えのもとに、被告車を会社に持込まなかった。そしてその翌日頃修理箇所確認のため被告車を走らせたところ、本件事故が生じた。そこで同被告は、追突による破損、ガソリン漏れを修理したうえ、本件事故のことは話さないで被告綱島に被告車を返還した。そのため同被告は事故後二、三ヶ月経つまで本件事故を知らなかった。

なお被告綱島は、以前にも今回と似たような形で被告清水に修理のため車輛を引渡したことがあり、その時も被告清水は会社に持込まず自身で修理して被告綱島から手数料を取得した。被告綱島はその際被告清水から交付を受けた領収書等の記載から被告清水のかかる処置を知ったが、特に異議を述べなかった。

右のごとき事実があるため、被告綱島は今回右のとおり被告清水に点検修理のため被告車を引渡した際、同被告が前同様会社に無断で修理することを予想しなくもなかったのであるが、誰であれ被告車を修理してくれればよいとの考えのもとに右のとおり被告清水に直接被告車を引渡したものである。

二  ところで、自動車の保有者が、専門の修理業者に修理を依頼し、車輛を引渡した場合には、当該車輛はその修理業者の厳重な管理のもとに置かれ、保有者が当該車輛を自由に使用できなくなるので、一般にその運行供用者たる地位を失うとされている。

しかし本件にあっては、右のとおり被告車の保有者たる被告綱島は、専門業者たる蒲田オート販売株式会社に直接修理を依頼したわけではなく、単に同社の修理工たる被告清水に被告車を引渡したのみであるから、右の場合と同一に考えることはできない。そして被告綱島において、友人たる被告清水が会社とは無関係に個人として被告車を修理することを消極的であれ許容していたこと、本件事故が引渡の翌日に被告清水が、自分で修理できるものかどうか点検のため走行中に生じたものであること、の各事実を考慮すると、結局この修理のための引渡をもって被告綱島が被告車に対する運行支配を喪失していたとみることはできない。

そうすると本件事故当時、被告綱島は、被告車の運行供用者たる地位にあったわけで本件事故につき責任を免れることはできないものである。

三  次に原告の負傷の程度、治療経過について検討するに、《証拠省略》を総合すると、本件追突により原告は意識障害を生じ、救急車で近くの松井病院に運ばれ、入院して治療を受けたのであるが、頸部痛を生じ、五月二二日まで入院を続けたところ、経過は良好だったので同日退院したこと、そして翌二三日から同年七月一二日までの間市川市所在の玉井病院に通院して治療を受けた(治療実日数四一日)のであるが、原告の訴える頭重感、肩甲部筋硬感頸椎の運動制限等の訴える症状につき著るしい軽減を見ず、且つ自律神経失調も認められたので、同年七月一三日に都内文京区所在の東大病院に転医し、同年一一月三〇日までの間通院して薬物治療を受けた(治療実日数九日)ところ軽快し、翌昭和四八年六月一八日に同病院で診察を受けた時には治ゆしていたこと、後記のとおり原告はぬいぐるみ製造業を営んでいるのであるが、原告は右症状のため九月頃まではまったく仕事ができず、秋以降半日位仕事をするようになり、本格的に仕事を再開するようになったのは一二月頃からであるが、しばらくは仕事が終った後二、三時間は気分が悪かった旨供述していること、の各事実が認められる。

四  右事実を前提として本件事故による原告の損害について検討する。

(一)  治療費   三一万三、〇一〇円

《証拠省略》によれば、前記入通院治療費として右金額を要したことが認められる。

(二)  入院雑費     五、四〇〇円

入院雑費として一日三〇〇円相当を要したと認められるので、一八日分の合計。

(三)  通院交通費    七、五〇〇円

前記のとおり原告は、市川市所在の玉井病院、都内文京区所在の東大病院に合計五〇回通院している。原告の住所が都内江戸川区であることからみて当然通院のための交通費を要したと思われるが、本訴で提出された資料ではその額を明らかにすることはできない。しかしその距離に鑑み少な目に見積っても一回当り交通費一五〇円を要したことは明らかなので、少なくとも右金額を要したと認められる。

(四)  逸失利益 一五二万五、〇〇〇円

《証拠省略》によれば原告は事故の一年位前から「コーキ」という商号でぬいぐるみ製造業を営んでおり、自分でデザインから裁断、仕上げまでする自家営業であるが、一戸独立した仕事場を借りて製造にあたり、一部は外注に出していたこと、製品は主に問屋に卸していたが、小売にも出しており、従前同種の仕事に従事して予備期間があったこともあり、事故当時営業は順調であったこと、しかるに本件事故による休業のため取引先の信用を失い、幾つかの取引先を失なったことの各事実が認められる。

原告は、事故当時毎月一〇〇万円から一二〇万円位の売上げがあったと供述しているところ、《証拠省略》によれば、昭和四六年八月から事故直前の昭和四七年三月までの間、原告が、その主な取引先たる「ビクトリー」、「海渡」、「シノブ工芸」に対してだけで月平均八七万円余の売上げを得ていたことが認められるので、事故当時原告が少な目に見ても毎月一〇〇万円の売上げをあげていたことは、これを認め得る。

原告は、売上げの四割五分から五割が純益となった旨供述するが、原告の仕事のなかにはデザイン、仕上げなど技術才能を要する面があったとはいえ、一般に繊維製品類の製造業の収益率が三割以下と評価されているので、原告に関しても収益率を控え目にこれを三割とみることにする。よって事故当時原告は少なくとも毎月三〇万円の収入があったと認められる。

そして前記の治療経過に鑑み、原告主張どおり事故当日から同年八月中旬までの三ヶ月一〇日はまったく稼働できず、それ以降同年一一月末までの三ヶ月半は従前の半分しか働けなかったと認められ、従ってこの間この割合で右毎月三〇万円の収入を原告は失ったとみるのを相当とする。よって休業損害は右記金額となる。

(五)  慰藉料        五五万円

負傷の程度、入、通院の期間及び原告が本件事故により取引先の一部を失った等の事情を斟酌し、右金額を慰藉料と認める。

(六)  損害の填補

原告が本件事故による損害の填補として自賠責保険金四四万八、九一〇円を受領したことは自認している。

よって右(一)ないし(五)の合計二四〇万〇、九一〇円からこれを差引いた一九五万二、〇〇〇円が損害残となる。

(七)  弁護士費用      二〇万円

本件審理の経過、認容額に鑑み、右金額を本件事故と相当因果関係のある損害として被告らに賠償を求めうる弁護士費用と認める。

五  そうすると原告の本訴請求のうち、被告両名に対して右合計二一五万二、〇〇〇円及びこのうち弁護士費用を除く一九五万二、〇〇〇円に対する事故の翌日たる昭和四七年五月六日以降支払済みに至る民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する次第である。

(裁判官 岡部崇明)

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